試合が終わってから、田中碧の名前ばかりが流れていくのを見ていて、少し落ち着かない気持ちになった。たしかに90分、決勝点の起点になったのは彼のボールロストだった。良いプレーではなかった。それは認める。でも、あれを「田中碧のせいで負けた」とまとめてしまうのは、この90分の中身に対してフェアじゃないと思う。だから今日は、勝敗の主語を一人に押しつけないために、日本の各人がどう戦っていたかを、主観で書き残しておきたい。数字は、API-Footballで取れた範囲のものを手がかりに添える。
まず、試合の流れを思い出す
支配率は日本31%、ブラジル69%。シュートは5対19。要するに、ほとんどの時間で殴られ続けた90分だった。そのなかで日本は29分、佐野海舟が先制する。設計図どおりの一発だった。だが56分にカゼミーロの一撃で追いつかれ、そこからは耐える時間がさらに長くなる。そして90分、最後の最後に決勝点を許した。失点はどちらも、押し込まれ続けた末に訪れた。一人のミスが生んだ、という単純な話ではない。守り続けたチームが、最後にこじ開けられた。そういう失点だ。
田中碧 ― 21分間の渦中に放り込まれて
その前提で、田中の話をする。彼がピッチに立ったのは78分。スコアは1-1で、日本がもっとも押し込まれていた時間帯だ。冷えた状態で、すでに傾きかけた試合の渦中に放り込まれた。決勝点の起点になったロストは、確かに痛恨だった。けれど、その15分ほど前から日本はずっと自陣に張りつけにされていて、ボールを引き取れば誰がやっても窮屈だった。あのロストは「事故」であって「主因」ではない。試合後、崩れ落ちる田中を、主将の板倉が涙ながらにかばった。「彼のミスがどうこうではない、チームとして負けた」と。本田圭佑も「結果論だ、誰も田中さんを責められない」と。私もまったく同感だ。21分間の渦に責任の全部を背負わせるのは、酷というものだ。
守って光った人たち
むしろこの試合、強調したいのは守備陣の奮闘のほうだ。3バックの中央は本来なら板倉滉のポジションだが、前節スウェーデン戦での負傷から回復が間に合わず、この日は谷口彰悟が代役を務めていた。
- 鈴木彩艶(GK) ― 4本のセーブ。19本のシュートを浴びながら、失点を2で食い止めたのは間違いなく彼の働きが大きい。1-1で耐えていた時間を作ったのはこのゴールキーパーだ。今大会を通して、日本の最後尾はもう彼で計算できる。
- 冨安健洋 ― 右側でヴィニシウスと向き合い続けた。デュエルは8回中4回競り勝ち、ブロックとインターセプトも記録。あのヴィニシウスを、無得点・ノーアシストに抑えた守備の中心だ。止まりがちなピッチの影響もあったとはいえ、世界屈指の左ウイングを仕事させなかった事実は、もっと評価されていい。
- 堂安律 ― 前半、右のウイングバックでヴィニシウス側のケアに走り回った。攻撃の選手でありながら守備のタスクを厭わず引き受け、冨安と二枚でブラジルの最大の武器を消しにかかった。66分で退いたが、それまでの抑えは効いていた。
実際、ヴィニシウスはこの試合、パス成功率35%、仕掛けの成功は6回中3回どまり。普段の彼を知る目には、明らかに「踊れていなかった」。それはピッチのせいだけではなく、冨安と堂安が体を張って消し続けた成果でもあったはずだ。
前で耐えた人たち
前線も、報われない仕事をやり切った。
- 上田綺世 ― 支配率31%のチームの最前線は、孤独だ。ボールはなかなか収まらず、味方からの供給も細い。それでも体を張って起点になろうとし、数少ない好機で枠内シュートまで持っていった。目立つ数字は残らなかったが、あの孤立した状況での奮闘は、数字以上だったと思う。
- 前田大然 ― 最前線から最終ラインまで、とにかく走り続けた。タックルとインターセプトを前から記録し、デュエルにも何度も顔を出す。彼の運動量がなければ、ブラジルのビルドアップはもっと楽だったはずだ。点に絡む派手さはなくても、こういう選手の汗が、ロースコアの接戦を支える。
- 佐野海舟 ― 言わずもがな、先制点。守備でもブロックとインターセプトを記録し、攻守に走り切った。早い時間にイエローを受けながら99分プレーし切ったのも、彼への信頼の表れだろう。この試合の日本のベストだ。
もし責めるなら、ピッチの外を
そもそも、この試合で日本の中盤が握られ続けた背景には、ベンチワークより前の問題がある気がしてならない。主将の遠藤航は左足甲の手術明けで本番に間に合わず、大会直前に離脱・代表引退。その穴に追加招集されたのは、ボランチではなくFWの町野修斗だった。米『The Athletic』も「遠藤のプレーを最も再現できる守田英正を呼ばなかったことが最大の驚き」と書いている。守田はそもそも当初26人からも落選していて、理由は「コンディション」から「競争」へと説明が移っていった。森保監督には、中盤を固定し瀬古ら(CB登録だがボランチも可)で兼用する設計図があり、それ自体に筋は通っている。ただ、ノックアウトで優勝候補に69%握られたあの90分を見ると、底にもう一枚、ボールを落ち着かせる本職がいてほしかった――そう思うのは自然だろう。中盤が薄かったのは、田中碧の問題ではなく、編成の段階の話だ。
交代策そのものは、手持ちのカードの範囲では大きく外していない。66分の両ウイングバック交代は、森保監督が「ブラジルがサイドからのクロスを明確に狙ってきた、それを止める」と説明したもので、狙いは理にかなっていた(実際クロスから失点していた)。78分の鎌田→田中の交代は、警告持ちで退場リスクがあったこともそうだが、鎌田本人が試合後に明かしたところでは、前半にファウルを受けた際に内転筋を痛めており、実際は負傷によるものが大きかったようだ。無理を押して70分以上走った末の交代だったわけで、皮肉にもその後を託された田中が失点に絡んでしまったが、それは采配のミスというより、薄い中盤で押し込まれ続けた末に出た結果だ。責めるべき相手がいるとすれば、それは終盤に入った一人ではなく、もっと手前にいる。
勝敗は、一人では決まらない
負けは負けで、悔しい。修正すべき点も、層の薄さも、この大会の課題として残った。でも、それを誰か一人の名前に押し込めて溜飲を下げるのは、戦った11人+交代選手全員に対して失礼だと思う。田中碧のロストは、押し込まれ続けた90分の最後に出た一つの結果であって、原因ではない。鈴木彩艶が4本止め、冨安と堂安がヴィニシウスを消し、上田と前田が前で走り、佐野が決めて——それでもあと一歩届かなかった。それがこの試合だ。サッカーは11人でやって、11人で負ける。次に田中碧が日本のユニフォームを着るとき、今日の夜のことが、彼を強くする糧になっていればいい。